島村幸忠

美学、日本文化論——特に江戸時代後期の文人に関する研究


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京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。
専門は江戸時代後期の文人に関する研究を中心とする美学、日本文化論。

著書に『頼山陽と煎茶』(笠間書院、2022年)、『古地図で辿る都の今昔 江戸時代京都名所事典』(笠間書院、2023年)、共訳書に『ライフ・オブ・ラインズ』(ティム・インゴルド著、フィルムアート社、2018年)がある。
現在、国文学研究資料館外来研究員(日本学術振興会特別研究員PD)。また、早稲田大学、京都芸術大学、岡山大学、桜美林大学、文教大学にて非常勤講師を務める。

業績一覧:
https://researchmap.jp/Shimamura-Yukitada

メッセージ

わたくしはこれまで江戸時代の文人および煎茶文化について研究してきました。特に、江戸時代の後期に活躍した頼山陽という人物を中心として、田能村竹田や上田秋成などについても調べてきました。皆、当時を代表する文人煎茶家です。

実は、煎茶文化に関する研究をする前は、フランス現代思想の研究を行っていました。修士論文の題目は「V. ジャンケレヴィッチのノスタルジー論」というものです。ジャンケレヴィッチやノスタルジーの問題にも強く惹かれてはいたのですが、博士課程に進んだ頃、それまで煎茶道を嗜んでいたこと、また、煎茶文化の研究がほとんど行われていないことに気がつき、研究テーマをガラッと変えて、現在の研究テーマを選択しました。

研究テーマを変更した当初は、どこから手をつけていけばよいのかわからず右往左往していました。それまでフランス現代思想を研究していたこともあり、そもそも漢詩文を読むのに苦労しましたし、その前提となる知識も持ち合わせていませんでした。しかし、辞書を片手にいろいろ読んでいるうちに、研究も次第にかたちを成し、2022年に『頼山陽と煎茶』という書籍を上梓することができました。ただ、わたくし自身としては、文人や煎茶文化の研究者として未熟であることを自覚しておりますので、『頼山陽と煎茶』は、今後の煎茶研究の出発点にすぎないと考えています。

煎茶の歴史について調べていますと、実際に煎茶を淹れることに対する考え方も大きく変わりました。といいますのも、もちろん何でもありというわけではありませんが、現在の煎茶道とは異なり、江戸時代の文人たちが現在の人々よりも、より自由に煎茶を楽しんでいたことが分かったからです。

そのことに関して少し述べますと、江戸時代の文人たちは「自娯じご」という言葉を大切にしていました。この言葉は、煎茶を淹れるにしても、あるいは、書画などの作品を制作するにしても、すべて自らが楽しむために行うのである、ということを意味しています。裏を返せば、そのような創造行為は他者のために行わないということを意味しています。他者の為に行うというのは、具体的には、名誉や利益を求めて行うということです。そのように名誉や利益を求めて行うのでは、煎茶を喫する、あるいは、書画を制作したり、書画を鑑賞したりする、真の楽しみは得られないというのです。自文人たちの周りには、その楽しむ姿に共感した者たちが自然と集まってきたことでしょう。

このように、過去について学ぶことは、過去の人々の事績や知を得ることができるだけでなく、現在を問い直すことにもなるのかと思います。わたくしも自ら楽しむことを忘れず、茶の歴史について学び、茶を喫する意義やこれからの茶の楽しみ方などについて考えていければと思います。そして、その楽しみが皆さまと共有できるよう努めてまいります。

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