人文学とはどのような学問か——H.-G. ガダマーの「哲学的解釈学」を学びながら考える

開講期間: 2026年9月1日 2026年11月24日

隔週火曜日20:00〜21:30(一部休講週あり)

難易度: 入門〜中級※ 難易度についてはこちらを参照ください。

受講者募集中

事前募集期間2026年8月25日 21:00 まで

授業回数6 回

受講料通常 12,600 円
残り9 名様まで11,900

現在の申込数1(最低開講人数: 5)

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※ 事前募集期間中にお申し込み数が最低開講人数に達しなかった場合は不開講となります。


内容紹介

この講座では、20世紀を代表するドイツの哲学者ハンス゠ゲオルク・ガダマー(1900〜2002)が主著『真理と方法』(1960)や他の著作で展開した「哲学的解釈学」の体系を、受講者の皆様と一緒に学んでいきます。

ガダマーは、ヴィルヘルム・ディルタイ、エトムント・フッサール、マルティン・ハイデガーといった、当時の現象学・解釈学で第一線を走っていた哲学者たちから少なからず影響を受けました。また、学生として哲学の訓練を受けたマールブルク大学では、19世紀末から20世紀初頭までのドイツ国内での哲学を席巻していた新カント派(特にマールブルク学派)の哲学者が数多く在籍しており、ガダマーはこれらに対しても批判的継承を行っています。戦間期ドイツの思想状況の只中で、哲学にかかわる諸問題と各々の哲学者らの思想体系に触れ、それらを受容・批判しながら練り上げられた末に提出されたのが、「哲学的解釈学」でした。

ガダマーの考える解釈学とは、テクストを、語りを、そして自己と世界を「理解」する際に私たちに起こっているプロセスを緻密に検討する学問です。哲学書に書かれているテクストを読解することも、哲学的な事柄について人と対話することも、理解や解釈の営みとして解されます。それらがそもそもどのようなものであるのかを問うことは、哲学の有する独特の学問性を明らかにすることに通じると、ガダマーは考えたのです。したがって、ガダマーにとって、解釈学とは哲学の根幹であるとともに、テクスト読解を主たる手法として取り扱う人文学全体の方法論や学的体系をも映し出すものでした。

また、哲学に限らず、歴史・文学・批評といった、テクストの読解が研究の中心である学問群に対しても、こうした問いはアクチュアルなものでした。

テクストに対する理解や解釈がどのように生じ、それぞれの理解や解釈に対して、われわれはどのような仕方で「正しい」/「間違っている」、または「(テキスト・著者に)誠実な」/「恣意的な」と、判断するのか。

こうした課題が曖昧なままであると、例えば、おかしな解釈をよいものとして知らず知らずのうちに評価しているかもしれないといった不安に、どう対処していけばいいのかわからなくなってしまう危険性があります。もしくは、自身の解釈を絶対に正しいと言っている人の当の解釈がおかしなものに映った時に、わたしたちはどうしたらよいのでしょうか。ただ「おかしい」とだけ非難するのか。もしくは、「人には人の解釈」として、それ以上の理解を拒むのか。こうした極端な二択以外に、われわれはその方途を見出せないままとなってしまうかもしれません。

正しい理解の”基準”となるようなものがあれば、こうした課題は解消できるようにも思えます。

しかしガダマーが主張したのは、こうした”基準”や”尺度”に照らし合わせて判断するという学問モデルは、人文学にはそぐわないということだったのです。

人文学とは何であり、何ではないのか。

人間とは何かを、思想、文化、歴史、芸術などといった仕方で問い正し続けた軌跡。
豊かさをもたらしてくれるもの、教養を与えるもの。
ただの感想や思いつきの羅列ではなく、学問としての“重み“や“確からしさ“があるもの。


もしくは、

なんだか高尚なものかもしれないけど、役には立たないもの。
時間にも経済的にも余裕のある人たちが、内輪ノリでやっているもの。


例えばこういった漠然としたイメージを、大学や学問に近い人も、そうでない人も、抱いているかもしれません。

ガダマーの解釈学は、人文学へのこうしたイメージがどれだけ本当で、そのうちのどれが「正しい」「間違っている」かを教えてくれるもの、ではありません

”基準”に照らして解釈の正しさを担保しようとする、ある種自然科学的な学問モデルを、人文学に適用することを拒み、ガダマーは人文学の実際の営みを別様に記述することを試みました。こうした「再現性」に保証されない学問とは、どのようなものであるのでしょうか。

こうした問いを分析し、その答えを探し求める過程で、われわれは、自分たちが抱く考えの「確からしさ」をどのように扱っているのかをも、吟味することとなります。この吟味の経験が、自身を取り巻く現実や社会のさまざまな諸問題に対峙する際に、その問題の根底の問い直しを可能とする思考力や視点を養うことにつながります。

ガダマーの解釈学を学んでいく過程で、人文学という括りの中で営まれているものが、あなた自身に対してどのようなものをもたらしてくれそうか、一緒に考えてみましょう。

各回内容

第1回 H.-G.ガダマーとは:20世紀当時の人文学を取り巻く状況とガダマーの問題意識
ガダマーのよる思想形成の歴史や、主著『真理と方法』公刊後の思想の変遷を追うことで、どのような他の哲学者の思想を受容し自身の哲学へと昇華させていったのかを概観します。これにより、ガダマーがどのような問題を課題として設定し、批判を行おうとしていたのかを明確にすることを試みます。

第2回 哲学的解釈学:解釈を哲学するとは
第1回で明らかとなった課題を乗り越えるに際し、ガダマーはどのような体系を練り上げたのでしょうか。第2回では、ガダマー解釈学の基本的な構造と、主要概念の説明を行います。ガダマーは思想体系の構造が非常に掴みにくい部分があり、ともすれば、極端な保守主義的思想にも、ラディカルな相対主義にも映ることがあります。二方向でのガダマーの側面を紹介したのち、それらが両方ともガダマー解釈学のうちで調和的に機能していることを丁寧に解説します。

第3回 人文学と方法:解釈は人文学の「方法」か
第2回で紹介したガダマー解釈学の体系を踏まえて、ついに人文学の捉え方の議論へと進みます。ガダマーが学問の「方法」をどのように捉えていたのかをおさえた上で、「方法」をめぐる二つの流れ——その積極的意義と批判的観点——について、受講者とともにガダマーの足取りを追っていきます。

第4回 解釈と伝統:われわれは伝統ありきの「見方」からは逃れられないのか
ガダマー解釈学は、しばしば保守主義的と批判されます。この観点での代表的な批判者はユルゲン・ハーバーマスです。こうした批判が起こる要因の一つとして、理解や解釈の始点にある「伝統」の存在を重視する傾向がガダマーにあることがしばしば挙げられます。ガダマーが「伝統から理解が駆動する」と述べる時、「伝統」からの逃れられなさを、どれほど認めていたのでしょうか。ガダマーの「伝統」概念の内実に迫ることで、この問いにメスを入れていきます。

第5回 解釈と多様性:多様な背景は多様な解釈を許容するのか
ガダマー解釈学がその主著『真理と方法』によって1960年に体系的に提示されて以降、解釈における多様性の重視は、その社会的潮流としてもますます勢いを持つようになりました。人種、身分、地域、文化、職業、性別、その他の属性により、ひとは何かを解釈するときには、それぞれ別様に捉えるのみで、その一致は叶わないことが前提されているのでしょうか。そもそも、そうした議論で考えられている「一致」とは、どのような状況を表しているのでしょうか。このような論点を取り上げた上で、ガダマー解釈学の枠組みに照らして、どのような視座が得られるかを検討します。

第6回 解釈の向かう先:真理は普遍、統一的か
第1回から第5回までで扱った諸問題を総覧し、解釈にまつわる様々な問いを再び眺めます。その上で、理解の普遍性、ひいては、哲学で扱われる種々の事柄——真理、超越性、融和的統一——が存在するのか、存在するとすればどのようなあり方でありうるのかを取り上げます。「解釈」を徹底的に問うたガダマーを案内人とすることで、哲学そのものがわれわれに何をもたらしてくれるのかについて、さらに考えを深めていきます。

※受講者はアーカイブ(録画)の視聴が可能です。リアルタイムで授業に参加できない場合も見逃しなく受講できます。
※途中参加の場合も、全授業のアーカイブ動画をご覧いただけます。
※アーカイブ動画は、最低1年間視聴可能です。


◆受講の流れ◆

1. お申し込み

2. 開講&受講の決定

3. リアルタイムで授業に参加/アーカイブを見る/クラスルームから資料にアクセス

◦リアルタイム授業への参加URLは、受講決定時に自動送信されるメールに記載されている他、クラスルーム(下記)、マイページ内「ダッシュボード」からもご確認いただけます。また、各授業日の2日または3日前にリマインダーメールをお送りいたします。

◦講師とのやりとりや資料の配付、講座に関する運営からのお知らせ等は、Google社が提供する学習管理アプリケーション「Googleクラスルーム」から行います。クラスルームにつきましては、受講決定時に別途招待メールが届きますので、そちらからご参加ください。

◦クラスルームの使い方についてはこちらをご覧ください。

◦アーカイブはマイページ内「受講状況」からご覧いただけるほか、本ページ下部の「授業スケジュール」およびクラスルームからもご覧いただけます。

◦ディセミネでの初回受講時に送られる招待メールを承認することで、Googleカレンダーと自動で同期が可能です。是非ともお使いください。

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授業予定

第1回 2026年9月1日(火)20:00〜21:30

H.-G.ガダマーとは:20世紀当時の人文学を取り巻く状況とガダマーの問題意識


第2回 2026年9月29日(火)20:00〜21:30

哲学的解釈学:解釈を哲学するとは


第3回 2026年10月13日(火)20:00〜21:30

人文学と方法:解釈は人文学の「方法」か


第4回 2026年10月27日(火)20:00〜21:30

解釈と伝統:われわれは伝統ありきの「見方」からは逃れられないのか


第5回 2026年11月10日(火)20:00〜21:30

解釈と多様性:多様な背景は多様な解釈を許容するのか


第6回 2026年11月24日(火)20:00〜21:30

解釈の向かう先:真理は普遍、統一的か

※ 授業の進捗等により予定が変更になる場合がございます。予めご了承ください。

こんな人におすすめ

ガダマーは、私たちが「理解」を行っている際に何が影響を及ぼしているのか、何によって理解が深められていくのかについて、さまざまな視座を提供してくれます。

例えば、古典的な哲学のテクストを読解するにあたって、適当でも乱暴でもなく、自分に都合よく読むのでなく、「正しく」理解するのが大事と、学者等の権威ある人物が声高に叫んでいるのをみて、違和感を感じたことのある人もいるのではないでしょうか。

その「正しさ」って、学者であるあなたたちにとってのものでしかないのではないか?その人たちのいう「正しさ」は、私たちにとっても妥当するものだろうか?

「理解」を理解することは、そういった問いへ応答するための豊かな土壌を育てます。
「理解」に向かうときのわれわれの態度について、理解される当のものの出自や、それを書いたり述べたりした人の権威を確認することが重要だとある人は強調します。また別の人は、それよりも自分の頭で考えるのが大事だと訴えかけてくるかもしれません。さらには、どちらが大事であるか、本当は分からないのではないか、と問いかけてくる人もいるでしょう。どれもみな、一つ一つ問い直せる主張や意見です。
しかし、「ではあなたはどの立場なのか?」と問われ、自分の見解を簡単に示してしまうことには、なんだか躊躇いを感じませんか。

こうした関心から、書かれたこと、語られたことへの「理解」にまつわる様々な問いを、講義者とともに練り上げ、育て上げていくことに興味を抱く方におすすめです。

講師情報

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下山千遥

大阪大学大学院人文学研究科助教
近現代ドイツ哲学、学問論——特に現代ドイツ哲学者ガダマーの哲学的解釈学

講師情報の詳細を見る ▶


授業スケジュール

  • 次回開催

    2026年9月1日 20:00 〜 21:30

    第1回 H.-G.ガダマーとは:20世紀当時の人文学を取り巻く状況とガダマーの問題意識

    参加可能人数: 無制限
     
  • 2026年9月29日 20:00 〜 21:30

    第2回 哲学的解釈学:解釈を哲学するとは

     
  • 2026年10月13日 20:00 〜 21:30

    第3回 人文学と方法:解釈は人文学の「方法」か

     
  • 2026年10月27日 20:00 〜 21:30

    第4回 解釈と伝統:われわれは伝統ありきの「見方」からは逃れられないのか

     
  • 2026年11月10日 20:00 〜 21:30

    第5回 解釈と多様性:多様な背景は多様な解釈を許容するのか

     
  • 2026年11月24日 20:00 〜 21:30

    第6回 解釈の向かう先:真理は普遍、統一的か

     

人文学とはどのような学問か——H.-G. ガダマーの「哲学的解釈学」を学びながら考える

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