荒木優太のプロレタリア文学講座——プロレタリア文学が分かれば日本の近代文学史が分かる!
開講期間: 2026年7月11日 〜 2026年9月19日
隔週土曜日13:00~14:30
難易度: 中級※ 難易度についてはこちらを参照ください。
内容紹介
あるていど国語の便覧に親しんでいた秀才たちならば、二葉亭四迷、樋口一葉、尾崎紅葉、夏目漱石、森鴎外、田山花袋、谷崎潤一郎、志賀直哉、……くらいの名前を挙げるかもしれません。もしここにでてくる名前の半分もでてこなかったとして、あまり気にする必要はありません。これらは暗記力を問うているだけで、実際、より向学心のあるツワモノは、幸田露伴やら永井荷風やらの名が落ちていることを不満げに指摘するでしょう。
覚えられないのには理由があります。ある若者が支配的な力をもつ老人たちに勝とうとして、自分と同じような仲間を集めたはいいものの、「考え方」の違いで分裂していってしまった……こういう文脈がないからです。
思想がないといってもいい。さっきでた「考え方」です。思想を摑むことが文学史を暗記の退屈から解き放つための最短ルートだと信じます。
そこで「プロレタリア文学」です。プロレタリア文学とは労働者・貧困・階級を描きながら、社会変革の可能性を問う文学です。政治的文学とも呼ばれる昭和初期に大流行したこの潮流は、文学の専門家からすると二流に位置づけられることがよくあります。というのも、政治と近いという特徴が、文学でもって人々をある党派に動員するための道具として読まれてきた歴史があるからです。
難しいことを述べているのではありません。
つまり、芸術のための芸術ではなく、政治のための芸術じゃないかというわけです。芸術が芸術以外に達成したい下心をもっているのなら芸術として不純だ、という感覚は、みなさんもいくぶんか覚えがあるのではないでしょうか。
こういう評価が正しいかどうかとは別に、ここが「プロレタリア文学」の使い道です。というのも、それこそが「考え方」ないし「思想」の本体だからです。「思想」とは、芸術(文学)でないもの、もうちょっと厳密にいえば、純粋な芸術(文学)にとって余計にみえるもののことだからです。
インターネットでは「思想が強い」という言葉がスラング的な悪口として流通しています。ものの考え方に癖があって会話しにくい人くらいの意味でしょうか。その意味で、「プロレタリア文学」は思想が強い文学です。
で、この思想の強さは、反対に、思想がないとされる芸術を根底で理解するのにすこぶる役立つ試金石になります。
みなさんは芸術に変な幻想をもっているかもしれません。知的だとか、カッコいいとか、センスがいいとか。だから、そういうものに近づくことでそのおこぼれにありつけたらいいなと思って、本を読んだり学者先生の長話を聞いたりするかもしれません。
決して悪いことではありません。そういうことは誰にでもよくあります。
ただ、そうだとして、ではなぜ文学や芸術は知的にきらきらしてうつるのか。経済的に大儲けできそうもないのに、その影響力が絶大なのはどうしてなのか。考えてみれば不思議ではないでしょうか。そして、その仕組みの底の底まで問うたほうがいっそう知的で、カッコよく、センスがいいと思わないでしょうか。
それを可能にさせるのが「思想が強い」プロレタリア文学なのです。
知的にクールにみえることを、ひとまず「抽象的な金持ち」と呼んでみましょう。私たちは、ときにその豊かさに憧れて、本を読み、展覧会に行き、講義にお金を払います。ところが面白いことに、そのクールさは「お金に左右されない自由さ」という顔をして現れます。芸術は利益から自由で、純粋で、高尚なものだ――そんなイメージです。
しかし、プロレタリア文学はそこに疑問を投げかけます。本当にそうなのか。知性や芸術は、実際の経済状況や教育環境と無関係なのか。むしろ、人それぞれの条件のなかに、それぞれの知的なあり方があるのではないか。クールの独占は許さない、というわけです。
たとえば、ものを書くのが苦手な方がいるでしょう。だから、文学者に憧れをもって彼らをもっと勉強しなくてはならないと思っているかもしれません。ですが、書くことは夏目漱石のように書くことでなければならないと誰が決めたのでしょうか。誰も読んでいない古くさい美文のくせして?
書くことは、いま・ここからはじることができる。抽象的な意味でも実際的な意味でも、「お金」がないまま書きはじめることができる。難しい言葉で言い直せば「資本」がないまま書きはじめることができる。
この姿勢もまた泥臭いプロレタリア文学を学ぶことの大きな意義です。
本講座では、日本近代文学史を理解するという大目的のなかでプロレタリア文学の一連の流れを振り返っていきます。プロレタリア文学といえば小林多喜二『蟹工船』……で終わらない認識に至ったとき、芸術の芸術性すら見通す真の教養を手に入れることができます。
みなさまと出会えることをいまから楽しみにしております。
各回内容
第一回:プロレタリア文学とはなにか?プロレタリア文学とはそもそもどういうものを指すのかという定義的な話をします。
第二回:マルクス主義以前の文学~プロレタリア文学のつぼみ~
所謂プロレタリア文学に入る前の準備段階の時期について。例えば労働文学や『種蒔く人』など。
第三回:『文芸戦線』の作家たち~花開くプロレタリア文学1~
葉山嘉樹を中心にプロレタリア文学がにぎわっていた時代の作家・作品を読んでいきます。
第四回:『戦旗』の作家たち~花開くプロレタリア文学2~
小林多喜二を中心にプロレタリア文学がにぎわっていた時代の作家・作品を読んでいきます。
第五回:プロレタリア文学以後~花が散ったあとで~
プロレタリア文学がもっていた影響力、ポスト・プロレタリア文学について考えていきます。
第六回:まとめ
※受講者はアーカイブ(録画)の視聴が可能です。リアルタイムで授業に参加できない場合も見逃しなく受講できます。
※途中参加の場合も、全授業のアーカイブ動画をご覧いただけます。
※アーカイブ動画は、最低1年間視聴可能です。
◆受講の流れ◆
1. お申し込み↓
2. 開講&受講の決定
↓
3. リアルタイムで授業に参加/アーカイブを見る/クラスルームから資料にアクセス
◦リアルタイム授業への参加URLは、受講決定時に自動送信されるメールに記載されている他、クラスルーム(下記)、マイページ内「ダッシュボード」からもご確認いただけます。また、各授業日の2日または3日前にリマインダーメールをお送りいたします。
◦講師とのやりとりや資料の配付、講座に関する運営からのお知らせ等は、Google社が提供する学習管理アプリケーション「Googleクラスルーム」から行います。クラスルームにつきましては、受講決定時に別途招待メールが届きますので、そちらからご参加ください。
◦クラスルームの使い方についてはこちらをご覧ください。
◦アーカイブはマイページ内「受講状況」からご覧いただけるほか、本ページ下部の「授業スケジュール」およびクラスルームからもご覧いただけます。
◦ディセミネでの初回受講時に送られる招待メールを承認することで、Googleカレンダーと自動で同期が可能です。是非ともお使いください。

授業予定
プロレタリア文学とはなにか?
第2回 2026年7月25日(土)13:00〜14:30
マルクス主義以前の文学~プロレタリア文学のつぼみ~
第3回 2026年8月8日(土)13:00〜14:30
『文芸戦線』の作家たち~花開くプロレタリア文学1~
第4回 2026年8月22日(土)13:00〜14:30
『戦旗』の作家たち~花開くプロレタリア文学2~
第5回 2026年9月5日(土)13:00〜14:30
プロレタリア文学以後~花が散ったあとで~
第6回 2026年9月19日(土)13:00〜14:30
まとめ
※ 授業の進捗等により予定が変更になる場合がございます。予めご了承ください。
こんな人におすすめ
小林多喜二『蟹工船』を読んだことはあるが、プロレタリア文学全体の流れを知りたい人
文学と政治、芸術と社会の関係について考えてみたい人
格差、労働、貧困、非正規雇用など、現代社会の問題に関心のある人
本を読むことや文章を書くことに苦手意識があり、「表現すること」の意味を考え直したい人
文学史を通して、現代社会や自分自身の価値観を見つめ直したい人
講師情報

授業スケジュール
2026年7月11日 13:00 〜 14:30
第1回 プロレタリア文学とはなにか?
参加可能人数: 無制限次回開催
2026年7月25日 13:00 〜 14:30
第2回 マルクス主義以前の文学~プロレタリア文学のつぼみ~
参加可能人数: 無制限2026年8月8日 13:00 〜 14:30
第3回 『文芸戦線』の作家たち~花開くプロレタリア文学1~
2026年8月22日 13:00 〜 14:30
第4回 『戦旗』の作家たち~花開くプロレタリア文学2~
2026年9月5日 13:00 〜 14:30
第5回 プロレタリア文学以後~花が散ったあとで~
2026年9月19日 13:00 〜 14:30
第6回 まとめ
荒木優太のプロレタリア文学講座——プロレタリア文学が分かれば日本の近代文学史が分かる!
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