悪を避け善をなす——"悪"の思想史から考える倫理[哲学史を編みなおす②]

開講期間: 2026年3月28日 2026年7月4日

隔週土曜日20:00〜21:30

難易度: 入門〜中級※ 難易度についてはこちらを参照ください。

受講者募集中

募集期間2026年3月21日 21:00 まで

授業回数7 回

受講料14,420 円

現在の申込数8(最低開講人数: 5)


内容紹介

本講座のテーマは「悪」あるいは「善悪」です。

いまから10年前(2016年)、「ポスト・トゥルース(post-truth)」という言葉が英国オックスフォード辞典の「Word of the Year」に選ばれました。同辞典によればポスト・トゥルースとは「世論形成において、客観的事実よりも感情や個人的信念への訴えの方が強い影響力を持つ状況」を表す言葉であり、当時のEU離脱をめぐるイギリスの国民投票や、ドナルド・トランプが初当選したアメリカ大統領選挙といった文脈の中で多く使われるようになりました。「ポスト」とは字義通りには「〜の後」を意味しますが、「ポスト・トゥルース」すなわち「真実の後」とは、「真実(トゥルース)」がもはや重要視されなくなった状況を表すものだとされます。

それから10年が経ち、状況は改善されたのでしょうか。むしろ、その間のコロナ禍やさまざまな戦争行為、ソーシャルメディアの影響力の増加、さらには生成AIの登場により、ポスト・トゥルース的な状況はさらに進んでしまったと言わざるをえないでしょう。自分の望む「物語」によって事実さえも歪められ、もはや「真実」だけでなく、「善悪」の基準さえも揺らぐような事態が散見されます。ある意味で、いまほど道徳や倫理についての考察が求められる時代はありません。

こうした状況において、本講座ではあらためて「善悪」について考えてみたいと思います。「真実」や「真理」に関しては基本的に絶対性を重要視してきた哲学ですが、「善悪」については、絶対的な善や悪を定立するよりも、いかに悪を避け善をなすかという実践的な事柄が重視されてきたように思われます。この問題はまた、人間はなぜ悪を行ってしまうのか、善悪という価値そのものがどのように生まれたのか、といった問いへとつながっていくものです。

善悪の問いはいかに倫理的な選択を行うかという実践的な問いと結びついてきたのであり、「善悪」について考えることは、行為についての思考でもあります。いまあらためて善悪の問題を考えなおすことで、自己の問題と結びつけながら哲学の世界へと足を踏み入れてもらいたいと思います。

各回で取りあげる著作

第1回 プラトン『ゴルギアス』
第2回 アウグスティヌス『告白』
第3回 スピノザ『エチカ』
第4回 カント『たんなる理性の限界内の宗教』
第5回 ニーチェ『道徳の系譜学に向けて』
第6回 フロイト『文化の中の居心地悪さ』
第7回 アーレント『エルサレムのアイヒマン』
※各回の授業タイトルは下記「授業予定」をご覧ください。

「不正をなすよりも不正をこうむる方がよい」と語るソクラテス、みずからの「悪行」を告白することで思想史上初めて自己意識を発見したともいわれるアウグスティヌス、善悪を実体化することなしに関係性のうちでとらえたスピノザ、人間には本性的な「根源悪」があると論じるカント、善悪は絶対的なものではなく歴史的に生成してきたものであることを看破したニーチェ、人間の内部には「悪しき」欲動が蠢いていると論じたフロイト、現代の悪を「思考の欠如」に見いだそうとしたアーレント。彼らの著作から善悪についての多面的な思考をみていきたいと思います。

善悪の問題は単なる倫理学のテーマではなく、人間とは何かという問いとも深く結びついています。本講座では古代から現代に至る思想をたどりながら、この根源的な問題について考えていきます。

※アーレントの『エルサレムのアイヒマン』については、現在ではベッティーナ・シュタングネトによるアイヒマン研究(『エルサレム〈以前〉のアイヒマン』2011年)によって、異論も提起されています。授業ではこちらの議論についても取り上げる予定です。

★シリーズ「哲学を編みなおす」について★

「哲学」とは何でしょうか?誰もが聞いたことのある言葉でありながら中身はよく分からない、何か大切なことが含まれていそうで役に立たないむだなもののような気もする、そんな両義的であいまいなもの、それが多くの人がもつ哲学のイメージではないでしょうか。

ところがこの問いは、実のところ答えるのが非常に難しい問いでもあります。古代ギリシャで生まれて以来、哲学はすでに2千数百年の歴史を持ち、多くの哲学者たちが時代に合わせて、さまざまな問題についてさまざまな答えを生みだしてきたからです。その中には互いに対立し合う見解も数多く含まれており、哲学とは何かという問いに対する答えは、究極的にはひとりひとりの哲学者によって異なるとさえ言えます。

しかしながら、このように「哲学」が輪郭のはっきりしない謎めいたものであるのに対し、はっきりしていることもあります。それは歴史上「哲学者」と呼ばれる人びとが存在し、彼らが書いた「哲学書」と呼ばれる本がある、ということです。プラトンの書いたソクラテスを主人公とする対話篇から、デカルトの『方法序説』、カントの『純粋理性批判』、ハイデガーの『存在と時間』など、哲学の歴史はそれをいろどる哲学書の歴史であるとも言えます。

この講座では、毎回メインとなる哲学書をひとつ選び、それらをつないでいくことで新たな哲学史をつむいでいきます。単純に哲学者の思想を年代順に紹介するのではなく、講座のテーマにとって重要となる哲学書を選ぶことで、哲学的な問いをよりクリアに、また多面的に理解することを目指します。

哲学の歴史とは人間の思考の歴史であり、哲学史を学ぶことは単に過去の歴史を学ぶことではありません。「幸福とは何か」「善悪とは何によって決まるのか」「正しいとはどういうことか」といった根源的な問いは哲学の誕生とともに生まれ、現代においても重要な問いであり続けていますし、また時代とともに「差異とは何か」「他者とはいかなる存在か」「動物にはどんな権利があるのか」といった新たな問いも絶えず生まれてきています。哲学とは、この意味で、絶えず生成する問いと向き合い、答えを生み出しつづける行為だと言うことができます。

したがって先人たちの問題意識と葛藤の過程を学ぶことは実は、単に知識を得るというだけでなく、現代の事象を考えることに直結するきわめてアクチュアルな行為です。哲学史・思想史を学ぶことは、ますます混迷をきわめる現代において、自分自身の足場を確保し進むべき道を探すための大きな道標となってくれるでしょう。

取りあげる著作については、近年の研究成果も随時参照しつつ、著者についての情報や時代背景、他の哲学者との関連なども必要に応じて紹介していきますので、哲学について詳しくない人はもちろん、あらためて学び直したい人、基本的な知識がある人にとっても新しい発見があるはずです。古代から現代に至るまで連綿と続く哲学という営みを具体的に理解し、受講者ひとりひとりが、現代の問題と向き合い、自分自身の思考と生き方を見つめなおすためのよすがを得ることが目標です。

また特に20世紀後半以降の哲学や思想を理解するためにも哲学史の知識は必須となります。いわゆる現代思想に興味がある方も、まずはここから始めてもらえたらと思います。

※受講者はアーカイブ(録画)の視聴が可能です。リアルタイムで授業に参加できない場合も見逃しなく受講できます。
※途中参加の場合も、全授業のアーカイブ動画をご覧いただけます。
※アーカイブ動画は、最低1年間視聴可能です。


★関連講座★

哲学史を編みなおす①——古典古代と幸福論:人間的な生とは何か
https://disseminer.jp/courses/54


◆受講の流れ◆

1. お申し込み

2. 開講&受講の決定

3. リアルタイムで授業に参加/アーカイブを見る/クラスルームから資料にアクセス

◦リアルタイム授業への参加URLは、受講決定時に自動送信されるメールに記載されている他、クラスルーム(下記)、マイページ内「ダッシュボード」からもご確認いただけます。また、各授業日の2日または3日前にリマインダーメールをお送りいたします。

◦講師とのやりとりや資料の配付、講座に関する運営からのお知らせ等は、Google社が提供する学習管理アプリケーション「Googleクラスルーム」から行います。クラスルームにつきましては、受講決定時に別途招待メールが届きますので、そちらからご参加ください。

◦クラスルームの使い方についてはこちらをご覧ください。

◦アーカイブはマイページ内「受講状況」からご覧いただけるほか、本ページ下部の「授業スケジュール」およびクラスルームからもご覧いただけます。

◦ディセミネでの初回受講時に送られる招待メールを承認することで、Googleカレンダーと自動で同期が可能です。是非ともお使いください。

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授業予定

第1回 2026年3月28日(土)20:00〜21:30

不正をすることこそ最大の害悪——プラトン『ゴルギアス』


第2回 2026年4月11日(土)20:00〜21:30

悪意は醜いのに、私はそれを愛した——アウグスティヌス『告白』


第3回 2026年4月25日(土)20:00〜21:30

われわれが悪いと呼ぶのは悲しみの原因になるものである——スピノザ『エチカ』


第4回 2026年5月23日(土)20:00〜21:30

人間は本性的に悪である——カント『たんなる理性の限界内の宗教』


第5回 2026年6月6日(土)20:00〜21:30

道徳こそが危険中の危険だとしたら——ニーチェ『道徳の系譜学に向けて』


第6回 2026年6月20日(土)20:00〜21:30

それを行えば愛を失いかねないもの——フロイト『文化の中の居心地悪さ』


第7回 2026年7月4日(土)20:00〜21:30

完全なる思考の欠如——アーレント『エルサレムのアイヒマン』

※ 授業の進捗等により予定が変更になる場合がございます。予めご了承ください。

こんな人におすすめ

哲学を学んでみたい・学び直したい人
哲学を学んでみたいが何から手をつけていいか分からない人
扱われている哲学者・哲学書に興味のある人
道徳や倫理について考えてみたい人

講師情報

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渡辺洋平

1985年宮城県生まれ。京都大学総合人間学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科修了。
専門は思想史・芸術史。

講師情報の詳細を見る ▶


授業スケジュール

  • 次回開催

    2026年3月28日 20:00 〜 21:30

    第1回 不正をすることこそ最大の害悪——プラトン『ゴルギアス』

    参加可能人数: 無制限
     
  • 2026年4月11日 20:00 〜 21:30

    第2回 悪意は醜いのに、私はそれを愛した——アウグスティヌス『告白』

     
  • 2026年4月25日 20:00 〜 21:30

    第3回 われわれが悪いと呼ぶのは悲しみの原因になるものである——スピノザ『エチカ』

     
  • 2026年5月23日 20:00 〜 21:30

    第4回 人間は本性的に悪である——カント『たんなる理性の限界内の宗教』

     
  • 2026年6月6日 20:00 〜 21:30

    第5回 道徳こそが危険中の危険だとしたら——ニーチェ『道徳の系譜学に向けて』

     
  • 2026年6月20日 20:00 〜 21:30

    第6回 それを行えば愛を失いかねないもの——フロイト『文化の中の居心地悪さ』

     
  • 2026年7月4日 20:00 〜 21:30

    第7回 完全なる思考の欠如——アーレント『エルサレムのアイヒマン』

     

悪を避け善をなす——"悪"の思想史から考える倫理[哲学史を編みなおす②]

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