「欲望する機械」の哲学——ドゥルーズ゠ガタリ『アンチ・オイディプス』を読む

開講期間: 2025年11月10日 2026年2月9日

隔週月曜日20:00〜21:30

難易度: 中級※ 難易度についてはこちらを参照ください。

講義の開催が決定しました

授業回数7 回

受講料13,720 円

受講者数20(最低開講人数: 5)


内容紹介

1968年5月パリ。ベトナム反戦運動の高まりと大学制度の権威主義や管理主義への反発から生じた学生たちの反乱は、労働者のストライキやデモと結びつくことで資本主義体制そのものを批判する社会的闘争へと発展し、社会全体を揺さぶる未曾有の事態となりました。学生街カルティエ・ラタンには数万の学生が集まり、バリケードが街路に築かれ、警官隊と衝突し、全国に波及したストライキに参加した労働者の数は1,000万人ともいわれます。

この前代未聞の出来事は、やがて議会の解散と国民投票によって沈静化されますが、その背後でひとつの出会いがありました。それが哲学者ジル・ドゥルーズとラ・ボルド精神病院で活動していた思想家・活動家フェリックス・ガタリの出会いです。当時、ラ・ボルド精神病院は従来の精神医療を問いなおす進歩的な場として知られており、ガタリはそこで中心的な役割を果たしていました。またそれと同時に、精神分析家ジャック・ラカンのセミナーに継続的に出席し、その分析を受けるなど、ラカンの最側近のひとりとも見なされていました。

ドゥルーズとガタリのあいだにはすでに何通かの手紙のやりとりがありましたが、直接の出会いの後、すぐに共同での執筆作業が始まります。ガタリの実践からえられた思考や概念を、ドゥルーズが哲学史とつきあわせつつ彫琢し仕上げていく。こうしてできあがったのが『アンチ・オイディプス』(1972)でした。思想書としては異例の激烈な文体、既成の資本主義体制およびファシズムに対する根底的な批判、「欲望」をベースに展開される独自の哲学は、精神分析とマルクス主義という当時の思想的な二大潮流に対する批判と刷新とも結びつき、まさしく68年5月の雰囲気を引き継ぐものでした。

3日で初版が売り切れたとも言われ、発売直後から各紙で特集が組まれたほか、後にミシェル・フーコーによって自身の内なるファシズムを一掃する「倫理の書」として称賛される一方、ラカンは沈黙を守り、ジャック・デリダは「とても拙い書物」として激しく非難していたことが伝えられています。日本でも浅田彰による解説書『構造と力』がベストセラーになりました。

では『アンチ・オイディプス』が論じた問題とは何だったのでしょうか。それはまず、「人はなぜみずからの隷属をすすんで求めてしまうのか」という問いだったと言ってよいでしょう。かつてスピノザが掲げ、近くはヴィルヘルム・ライヒによって取り上げられたこの問いを、ドゥルーズとガタリは問いなおします。

彼らはこの課題を、「欲望」の哲学によって、すなわち欲望を、欠けているものを求める「欠如」のモデルではなく、何かを生み出す「生産」のモデルで考え、その流れがいかに編成され、制御されているかを分析することによって成しとげようとします。『アンチ・オイディプス』はその過程で、精神分析による欲望および無意識のとらえ方を徹底的に批判し、欲望を下部構造に位置づけることでマルクス主義を刷新することをこころみます。

この実践は『アンチ・オイディプス』において「分裂分析」と名づけられることになりますが、それは精神の病を単に個人の病ではなく、社会や制度によって作られたものと見なす当時の反精神医学運動とも方向性を共有するものでした。冒頭から、欲望する機械、生産、コード化、領土、器官なき身体といった独自の用語で展開される本書は、日常的な思考の枠組みを反転させることを要求し、それ自体がまさしく新たな思考の実践となっています。

『アンチ・オイディプス』はその文体ともあいまって、一見すると非論理的な書物のようにも見えますが、その背後には一貫した理論と思考が確実に存在します。本講座では基本的に冒頭から順に読みながら、その論理と帰結を追っていきます。その過程で、主体、自我、性、抑圧といった概念が新たな意味合いを帯びてくるとともに、欲望の流れをベースにした独自の歴史哲学が展開されていきます。本書の読解は、ますます多極化し、進むべき方向性が見失われつつあるようにみえる現代においても、自分たちの足場を見直すためのひとつの視座を与えてくれるでしょう。

各回内容

初回ではドゥルーズとガタリという二人の思想家について簡単に紹介しつつ、『アンチ・オイディプス』の背景をなすドゥルーズの差異の哲学を確認します。特に「強度」という概念は、ドゥルーズ思想の中核をなすにもかかわらず、『アンチ・オイディプス』ではほとんど説明がありません。全体の理解のために、まずはこの辺りの事情をおさえます。
また、「精神分裂症(スキゾフレニー)」という言葉は、日本では現在「統合失調症」と呼ばれています。しかしドゥルーズ゠ガタリ関係の文章ではいまでも「分裂症」と訳されることが多くあります。それは「統合失調症」という訳語では、ドゥルーズ゠ガタリが捉えようとしていた肯定的なニュアンスが失われてしまうからなのですが、彼らがこの言葉に込めた肯定的なニュアンスについても検討します。

第2回は、『アンチ・オイディプス』の核である「欲望する機械」の概念について考察します。ドゥルーズ゠ガタリによれば、欲望は機械であり、機械として作動します。しかし、そもそも欲望が機械であるとはどういうことなのでしょうか。この問いは『アンチ・オイディプス』を理解するうえでもっとも重要であるだけでなく、われわれの日常的な思考様式を反転させる契機にもなるはずです。

第3回は、精神分析への批判を検討します。フロイトによって産み出された精神分析は、「無意識」を思考の俎上へ載せることで、西洋近代の思考の枠組みを根底から揺さぶることになりました。ドゥルーズ゠ガタリはその意義を十分に認めつつも、精神分析が無意識を「オイディプス化」してしまったと批判します。その批判点を押さえつつ、その裏側で現われてくる「欲望の社会野への備給」という視点について考えてみます。

第4回第5回は『アンチ・オイディプス』の歴史哲学を検討します。ドゥルーズ゠ガタリはマルクスの生産様式論を下敷きにしつつも、それに人類学の知見を取り入れながら、未開社会から資本主義社会へいたる歴史の流れを「欲望」の哲学によって再構成します。とくに資本主義社会において欲望がどのように編成されているのか、また抑圧される者がみずからの抑圧を望んでしまうのはなぜなのかという問いは、現代のわれわれにとっても身近な問題と感じられるでしょう。

第6回では、彼らが「精神分析」に代えて提唱した「分裂分析」について検討します。そこにはいかなる主題が賭けられていたのでしょうか。この問いは、われわれの「主観」や「人格」、「性」についての新たな思考法と切り離せません。『アンチ・オイディプス』という否定的なタイトルの裏で賭けられた肯定的な思考を読み解いていきます。

第7回では、全体の議論をまとめつつ、『アンチ・オイディプス』の課題とその後の展開について考えてみます。上でも書いたように『アンチ・オイディプス』は発売直後から大きな話題となりましたが、著者の二人は後年、『アンチ・オイディプス』はある種の敗北だったと語っています。それでは何が成功し、何が行きづまったのでしょうか。『アンチ・オイディプス』から8年後、続編として『千のプラトー』が出版されますが、最後に両者の連続性と断絶について考えてみたいと思います。

★テキスト★

ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『アンチ・オイディプス』(上下巻)、宇野邦一訳、河出文庫、2006年

テキストは必ずしもご準備いただく必要はありませんが、ご自身でも読みながら受講いただくとより深く理解できると思います。また授業内で引用する際は、必要に応じて講師が訳しなおします。

※受講者はアーカイブ(録画)の視聴が可能です。リアルタイムで授業に参加できない場合も見逃しなく受講できます。
※途中参加の場合も、全授業のアーカイブ動画をご覧いただけます。
※アーカイブ動画は、講座の受付終了から1年間視聴可能です。


★関連講座★

ジャック・ラカンの思想に潜る——精神分析の鍵概念・治療実践・生きることそのものへの思索にむけて
https://disseminer.jp/courses/81


◆受講の流れ◆

1. お申し込み

2. 開講&受講の決定

3. リアルタイムで授業に参加/アーカイブを見る/クラスルームから資料にアクセス

◦リアルタイム授業への参加URLは、受講決定時に自動送信されるメールに記載されている他、クラスルーム(下記)、マイページ内「ダッシュボード」からもご確認いただけます。また、各授業日の2日または3日前にリマインダーメールをお送りいたします。

◦講師とのやりとりや資料の配付、講座に関する運営からのお知らせ等は、Google社が提供する学習管理アプリケーション「Googleクラスルーム」から行います。クラスルームにつきましては、受講決定時に別途招待メールが届きますので、そちらからご参加ください。

◦クラスルームの使い方についてはこちらをご覧ください。

◦アーカイブはマイページ内「受講状況」からご覧いただけるほか、本ページ下部の「授業スケジュール」およびクラスルームからもご覧いただけます。

◦ディセミネでの初回受講時に送られる招待メールを承認することで、Googleカレンダーと自動で同期が可能です。是非ともお使いください。

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授業予定

第1回 2025年11月10日(月)20:00〜21:30

イントロダクション+ドゥルーズの差異の哲学


第2回 2025年11月24日(月)20:00〜21:30

欲望する機械と3つの総合


第3回 2025年12月8日(月)20:00〜21:30

オイディプス帝国主義に抗して——精神分析への批判


第4回 2025年12月22日(月)20:00〜21:30

欲望の歴史哲学——マルクス主義の刷新①


第5回 2026年1月12日(月)20:00〜21:30

欲望の歴史哲学——マルクス主義の刷新②


第6回 2026年1月26日(月)20:00〜21:30

分裂分析の課題と現状分析——資本主義の先へ


第7回 2026年2月9日(月)20:00〜21:30

総括と課題——『千のプラトー』への展開

※ 授業の進捗等により予定が変更になる場合がございます。予めご了承ください。

こんな人におすすめ

ドゥルーズやガタリの思想に興味がある人
20世紀のフランス哲学に興味がある人
資本主義社会について考えてみたい人
『アンチ・オイディプス』を読んだことがあるが理解できなかった人
『アンチ・オイディプス』をあらためて読んでみたい人

講師情報

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渡辺洋平

1985年宮城県生まれ。京都大学総合人間学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科修了。
専門は思想史・芸術史。

講師情報の詳細を見る ▶


授業スケジュール

  • 2025年11月10日 20:00 〜 21:30

    第1回 イントロダクション+いくつかの用語の導入

    参加可能人数: 無制限
     
  • 次回開催

    2025年11月24日 20:00 〜 21:30

    第2回 欲望する機械と3つの総合

    参加可能人数: 無制限
     
  • 2025年12月8日 20:00 〜 21:30

    第3回 オイディプス帝国主義に抗して——精神分析への批判

     
  • 2025年12月22日 20:00 〜 21:30

    第4回 欲望の歴史哲学——マルクス主義の刷新①

     
  • 2026年1月12日 20:00 〜 21:30

    第5回 欲望の歴史哲学——マルクス主義の刷新②

     
  • 2026年1月26日 20:00 〜 21:30

    第6回 分裂分析の課題と現状分析——資本主義の先へ

     
  • 2026年2月9日 20:00 〜 21:30

    第7回 総括と課題——『千のプラトー』へ

     

「欲望する機械」の哲学——ドゥルーズ゠ガタリ『アンチ・オイディプス』を読む

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