われわれは労働の支配から解放されうるのか——アーレント『人間の条件』から考える人間の活動的生
開講期間: 2025年1月25日 〜 2025年5月3日
隔週土曜日19:00〜20:30
入門★★★
内容紹介
ところが20世紀を代表する哲学者・政治思想家であるハンナ・アーレントは、彼女の代表作のひとつである『人間の条件』(1958)において、古典期ギリシャには「社会」という領域はなく、社会とは近代において興隆してきたものだと論じました。
西洋の哲学・思想の始まりとされる古典期ギリシャにおいては、「ポリス」と呼ばれる都市国家がおのおの独立した体制を営んでいましたが、アーレントによれば、ポリス(特にソクラテス・プラトン・アリストテレスが活動したアテーナイ)にあったのは、ポリスの運営に関わる公的な領域と、家の運営に関わる私的な領域という2つの領域であり、両者のあいだにははっきりとした境界がありました。
アーレントが考える「社会」とは、古典期にあったこの境界がぼやけ、公的なものと私的なものが混ざり合っていく領域を指します。『人間の条件』は、こうした公的な領域と私的な領域の関係性の変化にともなって、人間の活動がどのように変動してきたのか、そしてその変化にはどのような意味があったのかを思想史の観点から論じたものです。
アーレントは、そのために、人間の活動を「労働labor」「仕事work」「行為action」の3つに分類し、これらの活動の位置づけが歴史的にどのように変わってきたのかを跡づけていきます。それはごく大ざっぱに言えば、言論によっておのれの卓越性を示す「行為」こそが最も人間的なものとみなされていた古典古代から、社会の興隆とともにすべてが「労働」に呑み込まれていく過程であると言えます。
今日、多くの人が労働の対価に給与をもらって生活する労働者であることに鑑みれば、「労働」が近代以降においてもっとも支配的な活動であることはある程度納得できるでしょう。アーレントの『人間の条件』は、こうした現代の状況がいかなる過程を経て生じてきたものなのかを、西洋の文化・思想の始まりである古典期ギリシャにまで遡って明らかにしようとしたものです。
「政治」や「政治学」を意味する「politics」という単語は、実は古代ギリシャのポリス(πόλις / polis)に由来する言葉です。このことからも分かるように、古代ギリシャにまで遡りつつ「政治的なもの」を再考することは、現代における人間のありかたや政治的なもののありかたをその根源から再考することにほかなりません。人間にとって最も重要なのは「労働」なのか。あるいはほかの可能性もあるのか。今後社会はどう変化していくのか。こうしたことについてアーレントはあまり明示的には語ってはくれませんが、彼女の思考の背後にはそうした模索があったはずです。
本講座では、アーレントの『人間の条件』の議論を再構築しながら、彼女の政治思想の根幹にある部分を浮かびあがらせてみたいと思います。ソーシャルメディアの発達や生成AIの誕生といった状況に直面する現代社会の問題を考えるうえでも、古典古代にまでさかのぼって思想的・歴史的な展開を跡づけるアーレントの議論は、現代を見直し相対化するための視点を与えてくれます。
そもそも、ドイツ生まれのユダヤ人でもあったアーレントにとって、20世紀のもっとも大きな厄災とはナチによる全体主義支配とそれにともなうユダヤ人の大量殺戮にほかなりませんでした。みずからの実体験も含む全体主義の経験は、アメリカへの亡命後に大著『全体主義の起源』へと結実することになりますが、『人間の条件』は『全体主義の起源』の次に出版された彼女の主著のひとつです。
『人間の条件』には、『全体主義の起源』で全体主義の懐胎から崩壊までを歴史的に追いかけたアーレントが、今度は思想史的な観点からそのバックボーンを明らかにするという課題が見えます。したがってここには、全体主義への抵抗とそれとは異なる社会のあり方を見出すという実践的な課題も見え隠れします。
アーレントの『人間の条件』はその知名度とは裏腹に、あまり読みやすい書物とは言えません。それは彼女の記述が何を問題としているのかが一読しただけでは分かりにくいという点に原因があります。本講座では、アーレントの思考が何を目指し、何を問題としていたのかを明らかにしながら、その思考の奥深くへと分け入っていくことを目指します。
アーレントが『人間の条件』を世に問うてからすでに65年以上経過していますが、彼女が問うたことがらは現代においてもいまだ重要性を失っていません。どんな思想についても言えることですが、残された思想から何かを引き出すのは、それを受けつぐ者のなすべきことです。
また、『人間の条件』においてやや特殊な位置づけを与えられた人間の活動として、芸術があげられます。本講座ではこの芸術の特殊性や、社会における位置づけについても考察してみたいと思います。
★テキスト★
ハンナ・アレント『人間の条件』牧野雅彦訳、講談社学術文庫、2023年ハンナ・アーレント『活動的生』森一郎訳、みすず書房、2015年
『活動的生』は『人間の条件』のドイツ語版からの翻訳です。とはいえ単なる逐語訳ではなく、アーレント自身が手を入れた「別版」とも言うべきものです。本講座では基本的に英語からの翻訳である『人間の条件』に依拠しますが、必要に応じて『活動的生』も参照します。なお、テキストはなくても参加可能です。
※受講者はアーカイブ(録画)の視聴が可能です。リアルタイムで授業に参加できない場合も見逃しなく受講できます。
※途中参加の場合も、全授業のアーカイブ動画をご覧いただけます。
※アーカイブの視聴可能期間は、講座終了から1年間です。
◆受講の流れ◆
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授業予定
活動的生と観照的生
第2回 2025年2月8日(土)19:00〜20:30
公と私の領域、および社会の興隆について
第3回 2025年2月22日(土)19:00〜20:30
人間の3つの活動(労働、仕事、行為)の相互関係①——古代
第4回 2025年3月8日(土)19:00〜20:30
人間の3つの活動(労働、仕事、行為)の相互関係②——近代
第5回 2025年4月5日(土)19:00〜20:30
活動的生と近代、望遠鏡の発明とキリスト教
第6回 2025年4月19日(土)19:00〜20:30
『全体主義の起源』との連関を考える
第7回 2025年5月3日(土)19:00〜20:30
芸術の特異な位置
※ 授業の進捗等により予定が変更になる場合がございます。予めご了承ください。
こんな人におすすめ
哲学や思想史に興味がある人
現代社会を考えるための視点を探している人
講師情報
授業スケジュール
2025年1月25日 19:00 〜 20:30
第1回 活動的生と観照的生
参加可能人数: 無制限次回開催
2025年2月8日 19:00 〜 20:30
第2回 公と私の領域、および社会の興隆について
参加可能人数: 無制限2025年2月22日 19:00 〜 20:30
第3回 人間の3つの活動(労働、仕事、行為)の相互関係①——古代
2025年3月8日 19:00 〜 20:30
第4回 人間の3つの活動(労働、仕事、行為)の相互関係②——近代
2025年4月5日 19:00 〜 20:30
第5回 活動的生と近代、望遠鏡の発明とキリスト教
2025年4月19日 19:00 〜 20:30
第6回 『全体主義の起源』との連関を考える
2025年5月3日 19:00 〜 20:30
第7回 芸術の特異な位置
われわれは労働の支配から解放されうるのか——アーレント『人間の条件』から考える人間の活動的生
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