和辻哲朗『古寺巡礼』から見る奈良——日本文化の生成を問う
開講期間: 2024年12月21日 〜 2025年3月8日
隔週土曜日10:30〜12:00
入門★☆☆
内容紹介
この講座では、日本を代表する倫理学者・文化史家である和辻哲郎(1889-1961)の若年時の紀行記『古寺巡礼』(1919)の重要な箇所を確認しながら読み進めて行きます。
一度はタイトルを聞いたことがある、という人も多いであろうこの書は刊行当初から幾度も版を重ねるヒット作となっており、現代にまで至る奈良ブームを引き起こした火付け役でもありました。また東大寺や薬師寺、唐招提寺、法隆寺を気ままに周り紀行記を書くという同書のスタイルも様々な文学者や美術史家、写真家などに引き継がれ、同書に範を取った数多くの奈良旅行記が著されることになります。今年(2024年)も美術館・博物館で「令和古寺巡礼」という奈良の古仏を中心とする企画巡回展が開催されるなど、「古寺巡礼」の語は奈良を、ひいては日本の文化史を知る上で外せないキーワードと言えます。
それでは一連のブームの源流となった本書の魅力はどこにあるのでしょうか。幾つかあげることができますが、まず第一に奈良という都市の特異性を存分に叙述している点に注目するべきでしょう。
奈良に都が置かれた時代は日本文化に非常にダイナミックな変化が起きた時代でした。その最たるものは仏教の流入であり、当時の人々が外来思想である仏教を飲み込み自らのアイデンティティとして育てていくに至るまでの試行錯誤を奈良の古仏、古建築からは見てとることができます。仏教が日本に持ち込まれ定着していく過程を非常に凝縮されたコンパクトな範囲で見て回ることができる、というのが奈良の持つ唯一無二の特徴であり、奈良が近年注目を浴びる理由の一つと言えるでしょう。
奈良では外来文化が日本に流入し大きな変化を起こしながらも在来の文化と共存して行く過程が1400年の長きに渡り今なお保存されています。それはただ古いだけではなく、ギリシャからガンダーラ、中国、朝鮮半島を経由して日本へと至るシルクロード各所の美術の見本市としての要素も持ち、そしてそれらを包み込むのが奈良の自然と日本在来の信仰なのです。あちらこちらへと奈良を逍遥する和辻の眼差しは、それら多様な文化的要素の混合物である奈良の文化財の中から世界的「普遍的美」とその日本における「特殊なあらわれ」を見極めようとします。そして本書における和辻の記述を通して我々もまた、日本文化が外来文化の中から何を取捨選択し今のかたちになったのか、その歴史的なダイナミズムを知ることができるのです。
そして本書のもう一つの魅力はやはり、そのような奈良の美点を存分に表現しつつも自らの胸のうちにも触れる和辻の抒情的な筆致にあるでしょう。書の序盤で青年和辻は文学者を志しながらも何者にもなれない自分自身への苦悩を吐露し、それをごまかすかのように奈良の諸仏や建築と向き合ってゆくことになります。いわば現実からの逃避のような旅ではありましたが、結果的に和辻はこの体験を通して自らが大切にしたいものについての一つの手応えを感じて行くこととなります。
それは彼が当初は軽視していた宗教的要素であり、幾多の奈良の仏像や歴史的人物たちの体現してきた仏教的精神、あまねく人々に注がれる「慈しみの心」でありました。この体験は文学者くずれであった和辻が仏教思想、倫理思想の研究者へと進路を変えるきっかけとなり、後の「倫理学者・和辻哲郎」の原点となったのです。つまり本書は和辻の若書きの未熟さが見られつつも、古代奈良という都市のダイナミズムも相まってその未熟さもまた魅力となるようなエッセイであり、同時に彼の生涯に渡る思想形成の萌芽ともなったターニングポイントとも言えるのです。
というように、簡単に紹介するだけでも以上のような魅力のある『古寺巡礼』ですが、いざ本書を読もうとした人はこの書に意外と難しいところがあることに気付きます。というのも、諸作と向き合う際の和辻の文章は抒情的でありその部分だけを楽しむことも可能なのですが、同時に彼の仏教や仏像、建築史、歴史についての確かな前提知識と彼自身の思想に裏付けられた考察が気軽な読書を阻むものでもあるためです。
そこで本講座では、毎回サブテーマとして読解に関わるテーマを特集しながら実際の和辻の記述を確認することで奈良という都市の歴史、古仏、建築たちについて理解を深めながら読み進めることにします。また、その後の和辻哲郎の思想に繋がる論点も紹介していくことで和辻の提唱した倫理学における『古寺巡礼』の意義、文化や文化財の意義も紹介して行くこととします。「日本文化」とはどのようなものなのか、文化財と我々はどのように向き合うことができるのか。そのヒントを『古寺巡礼』から一緒に探ってみませんか?
前日譚、アジャンター石窟画、新薬師寺についての箇所を読み進めていきます。サブテーマとしては著者である和辻哲郎の生涯と思想について解説し、『古寺巡礼』執筆当時の和辻の状況についても確認して行きます。
第2回 奈良の御仏たち(7〜12節)
浄瑠璃寺、東大寺、国宝院の仏像達についての箇所を読み進めて行きます。サブテーマとして奈良に見られる仏像の様式とその特徴、および変遷について解説し本書に登場する仏像を確認して行きます。
第3回 奈良という都市の成り立ち(13〜22節)
伎楽面、法華寺、奈良の女性たちについての箇所を読み進めて行きます。サブテーマとして本書に登場する寺院の位置関係とそれぞれの地区の成立について確認して行きます。
第4回 奈良の諸建築(23〜33節)
唐招提寺、薬師寺(前半)の箇所を読み進めて行きます。サブテーマとして奈良の寺院建築の様式と特徴、およびその変遷について本書の記述も参考にしながら確認します。
第5回 古寺巡礼に見る女性たち(34〜41節)
薬師寺(後半)、国宝院の仏画、中将姫伝説の箇所を読み進めて行きます。サブテーマとして光明皇后や中将姫など『古寺巡礼』に取り上げられた女性たちの逸話を紹介します。
第6回 風土へとつづく道(42〜46節)
法隆寺、中宮寺を含む最後までの部分を取り上げます。サブテーマとして和辻のその後の歩みと思想について紹介し、また古寺巡礼における文化論の特徴について総括します。
以上にそれぞれの回で取り上げるサブテーマと読み進める範囲を示しています。未読でも受講できますが、それぞれの範囲をあらかじめ一読して受講されるor受講後書籍で実際に確認されることで理解がより深まるかと思います。
※授業ではスライドを使って仏像や建築の画像を紹介することがあります。ただし、権利上の都合により、作品画像を直接提示することができない場合が多くあります。その場合、寺社の公式サイトや作品を収蔵している美術館のサイトなどへのリンクをお知らせする形で対応いたします。
※受講者はアーカイブ(録画)の視聴が可能です。リアルタイムで授業に参加できない場合も見逃しなく受講できます。
※途中参加の場合も、全授業のアーカイブ動画をご覧いただけます。
※アーカイブの視聴可能期間は、講座終了から1年間です。
↓
2. 開講&受講の決定
↓
3. リアルタイムで授業に参加/アーカイブを見る/クラスルームから資料にアクセス
一度はタイトルを聞いたことがある、という人も多いであろうこの書は刊行当初から幾度も版を重ねるヒット作となっており、現代にまで至る奈良ブームを引き起こした火付け役でもありました。また東大寺や薬師寺、唐招提寺、法隆寺を気ままに周り紀行記を書くという同書のスタイルも様々な文学者や美術史家、写真家などに引き継がれ、同書に範を取った数多くの奈良旅行記が著されることになります。今年(2024年)も美術館・博物館で「令和古寺巡礼」という奈良の古仏を中心とする企画巡回展が開催されるなど、「古寺巡礼」の語は奈良を、ひいては日本の文化史を知る上で外せないキーワードと言えます。
それでは一連のブームの源流となった本書の魅力はどこにあるのでしょうか。幾つかあげることができますが、まず第一に奈良という都市の特異性を存分に叙述している点に注目するべきでしょう。
奈良に都が置かれた時代は日本文化に非常にダイナミックな変化が起きた時代でした。その最たるものは仏教の流入であり、当時の人々が外来思想である仏教を飲み込み自らのアイデンティティとして育てていくに至るまでの試行錯誤を奈良の古仏、古建築からは見てとることができます。仏教が日本に持ち込まれ定着していく過程を非常に凝縮されたコンパクトな範囲で見て回ることができる、というのが奈良の持つ唯一無二の特徴であり、奈良が近年注目を浴びる理由の一つと言えるでしょう。
奈良では外来文化が日本に流入し大きな変化を起こしながらも在来の文化と共存して行く過程が1400年の長きに渡り今なお保存されています。それはただ古いだけではなく、ギリシャからガンダーラ、中国、朝鮮半島を経由して日本へと至るシルクロード各所の美術の見本市としての要素も持ち、そしてそれらを包み込むのが奈良の自然と日本在来の信仰なのです。あちらこちらへと奈良を逍遥する和辻の眼差しは、それら多様な文化的要素の混合物である奈良の文化財の中から世界的「普遍的美」とその日本における「特殊なあらわれ」を見極めようとします。そして本書における和辻の記述を通して我々もまた、日本文化が外来文化の中から何を取捨選択し今のかたちになったのか、その歴史的なダイナミズムを知ることができるのです。
そして本書のもう一つの魅力はやはり、そのような奈良の美点を存分に表現しつつも自らの胸のうちにも触れる和辻の抒情的な筆致にあるでしょう。書の序盤で青年和辻は文学者を志しながらも何者にもなれない自分自身への苦悩を吐露し、それをごまかすかのように奈良の諸仏や建築と向き合ってゆくことになります。いわば現実からの逃避のような旅ではありましたが、結果的に和辻はこの体験を通して自らが大切にしたいものについての一つの手応えを感じて行くこととなります。
それは彼が当初は軽視していた宗教的要素であり、幾多の奈良の仏像や歴史的人物たちの体現してきた仏教的精神、あまねく人々に注がれる「慈しみの心」でありました。この体験は文学者くずれであった和辻が仏教思想、倫理思想の研究者へと進路を変えるきっかけとなり、後の「倫理学者・和辻哲郎」の原点となったのです。つまり本書は和辻の若書きの未熟さが見られつつも、古代奈良という都市のダイナミズムも相まってその未熟さもまた魅力となるようなエッセイであり、同時に彼の生涯に渡る思想形成の萌芽ともなったターニングポイントとも言えるのです。
というように、簡単に紹介するだけでも以上のような魅力のある『古寺巡礼』ですが、いざ本書を読もうとした人はこの書に意外と難しいところがあることに気付きます。というのも、諸作と向き合う際の和辻の文章は抒情的でありその部分だけを楽しむことも可能なのですが、同時に彼の仏教や仏像、建築史、歴史についての確かな前提知識と彼自身の思想に裏付けられた考察が気軽な読書を阻むものでもあるためです。
そこで本講座では、毎回サブテーマとして読解に関わるテーマを特集しながら実際の和辻の記述を確認することで奈良という都市の歴史、古仏、建築たちについて理解を深めながら読み進めることにします。また、その後の和辻哲郎の思想に繋がる論点も紹介していくことで和辻の提唱した倫理学における『古寺巡礼』の意義、文化や文化財の意義も紹介して行くこととします。「日本文化」とはどのようなものなのか、文化財と我々はどのように向き合うことができるのか。そのヒントを『古寺巡礼』から一緒に探ってみませんか?
各回テーマ
第1回 和辻哲郎の人と思想(1〜6節)前日譚、アジャンター石窟画、新薬師寺についての箇所を読み進めていきます。サブテーマとしては著者である和辻哲郎の生涯と思想について解説し、『古寺巡礼』執筆当時の和辻の状況についても確認して行きます。
第2回 奈良の御仏たち(7〜12節)
浄瑠璃寺、東大寺、国宝院の仏像達についての箇所を読み進めて行きます。サブテーマとして奈良に見られる仏像の様式とその特徴、および変遷について解説し本書に登場する仏像を確認して行きます。
第3回 奈良という都市の成り立ち(13〜22節)
伎楽面、法華寺、奈良の女性たちについての箇所を読み進めて行きます。サブテーマとして本書に登場する寺院の位置関係とそれぞれの地区の成立について確認して行きます。
第4回 奈良の諸建築(23〜33節)
唐招提寺、薬師寺(前半)の箇所を読み進めて行きます。サブテーマとして奈良の寺院建築の様式と特徴、およびその変遷について本書の記述も参考にしながら確認します。
第5回 古寺巡礼に見る女性たち(34〜41節)
薬師寺(後半)、国宝院の仏画、中将姫伝説の箇所を読み進めて行きます。サブテーマとして光明皇后や中将姫など『古寺巡礼』に取り上げられた女性たちの逸話を紹介します。
第6回 風土へとつづく道(42〜46節)
法隆寺、中宮寺を含む最後までの部分を取り上げます。サブテーマとして和辻のその後の歩みと思想について紹介し、また古寺巡礼における文化論の特徴について総括します。
以上にそれぞれの回で取り上げるサブテーマと読み進める範囲を示しています。未読でも受講できますが、それぞれの範囲をあらかじめ一読して受講されるor受講後書籍で実際に確認されることで理解がより深まるかと思います。
★テキスト★
テキストは和辻哲郎『初版 古寺巡礼』ちくま学芸文庫、2012年を使用します。岩波文庫版と比べて図像の印刷が鮮明であること、また価格的に購入しやすいことが採用の理由ですが、入手できなかった方や他の版を愛読の方にも配慮して講義内ではページ数以外に節番号も示すこととします。※授業ではスライドを使って仏像や建築の画像を紹介することがあります。ただし、権利上の都合により、作品画像を直接提示することができない場合が多くあります。その場合、寺社の公式サイトや作品を収蔵している美術館のサイトなどへのリンクをお知らせする形で対応いたします。
※受講者はアーカイブ(録画)の視聴が可能です。リアルタイムで授業に参加できない場合も見逃しなく受講できます。
※途中参加の場合も、全授業のアーカイブ動画をご覧いただけます。
※アーカイブの視聴可能期間は、講座終了から1年間です。
◆受講の流れ◆
1. お申し込み↓
2. 開講&受講の決定
↓
3. リアルタイムで授業に参加/アーカイブを見る/クラスルームから資料にアクセス
◦リアルタイム授業への参加URLは、受講決定時に自動送信されるメールに記載されている他、マイページ内「ダッシュボード」からもご確認いただけます。
◦講師とのやりとりや資料の配付はGoogle社が提供する学習管理アプリケーション「Googleクラスルーム」から行います。クラスルームにつきましては、受講決定時に別途招待メールが届きますので、そちらからご参加ください。
◦アーカイブはマイページ内「受講状況」からご覧いただけるほか、本ページ下部の「授業スケジュール」およびクラスルームからもご覧いただけます。
◦ディセミネでの初回受講時に送られる招待メールを承認することで、Googleカレンダーと自動で同期が可能です。是非ともお使いください。
授業予定
第1回 2024年12月21日(土)10:30〜12:00
第2回 2025年1月11日(土)10:30〜12:00
第3回 2025年1月25日(土)10:30〜12:00
第4回 2025年2月8日(土)10:30〜12:00
第5回 2025年2月22日(土)10:30〜12:00
第6回 2025年3月8日(土)10:30〜12:00
和辻哲郎の人と思想(1〜6節)
第2回 2025年1月11日(土)10:30〜12:00
奈良の御仏たち(7〜12節)
第3回 2025年1月25日(土)10:30〜12:00
奈良という都市の成り立ち(13〜22節)
第4回 2025年2月8日(土)10:30〜12:00
奈良の諸建築(23〜33節)
第5回 2025年2月22日(土)10:30〜12:00
古寺巡礼に見る女性たち(34〜41節)
第6回 2025年3月8日(土)10:30〜12:00
風土へとつづく道(42〜46節)
※ 授業の進捗等により予定が変更になる場合がございます。予めご了承ください。
こんな人におすすめ
和辻哲郎という人物やその思想に興味がある方。
仏教美術や建築、文化と日本人との関わりについて大局的な知識を得たい方。
奈良という都市や奈良時代に興味がある、奈良への旅行を考えている方。
仏教美術や建築、文化と日本人との関わりについて大局的な知識を得たい方。
奈良という都市や奈良時代に興味がある、奈良への旅行を考えている方。
講師情報
授業スケジュール
2024年12月21日 10:30 〜 12:00
第1回 和辻哲郎の人と思想
参加可能人数: 無制限次回開催
2025年1月11日 10:30 〜 12:00
第2回 奈良の御仏たち
参加可能人数: 無制限2025年1月25日 10:30 〜 12:00
第3回 奈良という都市の成り立ち
2025年2月8日 10:30 〜 12:00
第4回 奈良の諸建築
2025年2月22日 10:30 〜 12:00
第5回 古寺巡礼に見る女性たち
2025年3月8日 10:30 〜 12:00
第6回 風土へとつづく道
和辻哲朗『古寺巡礼』から見る奈良——日本文化の生成を問う
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